【誰にともなしに、独り言レス―その3046】
かように、わたしは "pushing the envelope" する資質―即ちライトスタッフとは機(machinery)の限界ぎりぎりまで命懸けで挑み続けうる資質、それは同時に(まさに翻って)自らを"pushing the envelope" する資質、換言するなら 自身のライトスタッフを(ぎりぎりまで)追い続けることと等価だと感じる。
そして、イェーガーの NF-104―screw the pooch したイェーガーの(それでもガムを噛みながら)立ち歩いてくる様は、わたしには尚も自らを "pushing the envelope" する真のライトスタッフとしての矜持を示す姿に映る。
蛇足
その117~118―
「ブラックホーク・ダウン」を見てる時に、当然サム・シェパードからの連想で、最初から無意識のうちにもライトスタッフという言葉は浮かんでたんでしょうけど、わたしがはっきりと意識したのは、ヘリで待機していた 2 名のデルタフォース(ゲイリー・ゴードン、ランディ・シュガート)が墜落したブラックホーク(スーパー64)の救出を申し出るシーンであります。
彼らは「絶対に仲間を見捨てない」という軍規に従ってそうしたわけではなく(←ここ重要)、ましてや馬鹿げた命令をされたわけでもない―むしろ、指揮官のガリソン少将(サム・シェパード)が制止しようとしているのにも拘らず、あのふたりのデルタ隊員は、あの最悪の状況で最善と考えられるミッションを、何のためらいもなく自らに課している… 自ら志願して、自らの意志で。(←ここ更に重要)
パンチョの店に入る時の凸凹リクルータ・コンビのやりとりを思い出してください―
ライトスタッフとは勇気とかヒロイズムのことか?
いや、それ以上のものだ…
わたしは、ライトスタッフとは何か? という問いに対する答えを、ひょっとして当の「ライトスタッフ」のなかでは明確には見出せなかったかもしれない不幸な人に、「ブラックホーク・ダウン」のあのシーンに、その答えをはっきりと見ることができると訴えたい気がする―そう、単なる勇気とかヒロイズムのことではない。
あれこそが、ライトスタッフだと。
映画の中でも凸凹リクルータ・コンビが、連中は仲間内でもライトスタッフの話はしない(Theydon't say anything. They don't talk about it. To each other.)とか何とか、まるで言い訳みたいなセリフを言いますよね、凹のハリー・シェアラーがぼそぼそと。
まあ、何にしても言葉では説明しにくいからこそ、イェーガーの姿を見せてるんでしょうけど―はい、これがライトスタッフですよと。
NF-104 の墜落から奇跡的に生還するシーンは、まさにそれを劇的に見せつけてくれてますよね―はい、これが正真正銘のライトスタッフですよと。