【誰にともなしに、独り言レス―その3039】
ああまで堂々と(尾翼に何も付いてない)スッキリした美尻を見せつけられるせいか、あれは NF-104 という設定なのではなく、普通に F-104 だとする トンデモな説を見かけたことがある―確かに、映画のなかでは一言も NF-104 とは呼ばれないけども、あの F-104 が NF-104 の設定であるのは論ずるまでもない。(よって、論じません)
想像するに、格好だけのロケット(ダミー)を取り付けたりしたら、ただでさえ容易でない操縦に支障をきたすゆえ、しらばくれて素のまま映してるんじゃなかろうか―あの F-104 を実際に飛ばしてるんですから。
本物の NF-104 は 3 機あって、イェーガーが screw the pooch した(←おかげで 4 機目にはロケットが付けられないうちに 計画が中止されたという噂も…)のと、ロケットが爆発して(←パイロットは無事)あえなくスクラップになったのと、1 機だけ(地上の事故で使い物にならなくなって)残されたのが エドワーズに展示してあります―これは例のダリル・グリーネマイヤーのせいでノーズ辺りは(偽物と言えば人聞きが悪いが)レプリカらしい。
余談
そう言や、ディスカバリーがエドワーズに着陸したとの現地レポート(TV)で、展示してある X-15 の威容が後ろに映っておりました―意味もなく嬉しかったりする… (単に エドワーズというだけで妙に嬉しいわけやが)
その1380―
NF-104 は戦闘機じゃなく練習(訓練)機だという指摘に違和感のある純正ライトスタッフ・ファン諸兄もあるやに思う。
NF-104 は F-104 をロケット・ブースタなどでパワーアップした改造型で、もとの F-104 は言うまでもなくジェット戦闘機―それが証拠に Fighter の F の字が付いている。
ならば NF-104 だって Fighter じゃないのか? 練習機なら T(Trainer)-104 だろ…と、突っ込みたくなる向きもあるに違いない。
その点については、わたしは逆に推測してるだけなんですけど、NF の N が F (F-104)を否定してるんじゃなかろうか―たぶん、NF は Non(-standard)Fighter の意味なんだろうと勝手に了解しております。
従って、NF-104 は Non(-standard)F-104 ―つまりはフツーの F-104 ではない(むろん武装もしてない非・戦闘機の)練習機だというわけです。
F-104 ロケット論―
その1384~1385
>「ライトスタッフ」の パラダイム などと、わたしが(例によって、小賢しく)言う意味は、明らかにフツーの(ジェット戦闘機) F-104 を使って撮影しているにも拘らず、なぜ当り前のように(ロケット・エンジン仕様の練習機)NF-104 (のシーン)だと同定できるのか―要するに 「ライトスタッフ」 という映画の構成(論理)上、必然的にそうでなければならない、あの F-104 が(宇宙までにも届くロケットとしての)NF-104 であるのは >論ずるまでもない、それが即ちパラダイムなんです。
一方 >映画のなかでは一言も NF-104 とは呼ばれない のも確かで、わずかに連絡官の説明―
The one with the big engine.
或いは イェーガーのセリフ―
I get a feeling this plane might be able to beat that Russian record.
が、そのフツーの F-104 の尾翼には(これ見よがしに)見えないロケット・モーターが付いて(いてパワーアップして)いることを仄めかす。
理由(事情)はどうであれ、単に NF-104 と名指ししてないだけで、その呼び方は問題ではない―と、わたしは思う。
NF-104 のシーン、不意に滑走路に出現した機体を見て管制官は何と言ったか―
"What kind of a plane is that?"
そこさえ押さえていればいいのであって、ちゃんと原作を読んでる人や(F-104・命 の トピ主さんみたいに)その正体を知ってる人でなければ、あのシーンの F-104 はホントは NF-104 (の設定)だなんぞ、「ライトスタッフ」を見て(そもそも F-104 とすら言われてないのだから)分かるはずもなく、別に分る必要もない。
あれは宇宙にまで届くべく パワーアップされた(つまりは ロケット仕様、よってパイロットのイェーガーは当然スペーススーツを着用している)Non-standard 機だと見て感じていれば、それでよろしいかと。
その1388~1389
かように、あの F-104 が NF-104 の設定であるのは自明―にしても、それは単なる(原作などからの)後知恵としてではない。 (←ここが論点)
「ライトスタッフ」 を見れば、あの F-104 はパワーアップされた Non-standard タイプ、宇宙にまで届くロケット仕様(イェーガーの出立ちに注目されよ)だと分りうる。
従って、全く逆説的に言ってしまえば、何も殊更に見えないロケット・モーターが付いている(つまり NF-104 )などと設定する必要はない。
要は 「ライトスタッフ」 においては、あの F-104 自体が ロケットそのものなのであって、カウフマンはロケットとしての F-104 (スペース・テストパイロットとしてのイェーガー)を正しく描く―それが即ち 「ライトスタッフ」のパラダイムなのである。
そう考えると、NF-104 であるはずのシーンを堂々と(しらばくれて)フツーの F-104 で撮ったカウフマンの(そうしかできなかった事情を逆手に取った)したたかな思惑があったとするなら(ま、ないだろうけど)名作「ライトスタッフ」を笑えるパロディなどと茶化す向きは(ま、わたしのことですけど)大いに反省すべき―なのか?
正直なところ、少なくとも単なる後知恵(ただの受け売り)の訳知り顔で、あの F-104 はホントは NF-104 だと言ってのけてしまえる、それで何もかも分った気になれてしまえる、そんなナイーブにして安直な話で終わってしまえる―そういうスタンスじゃ面白くないでしょ、せっかくの名作「ライトスタッフ」が。
もう何度も言ってるように、あの NF-104 クライマックスシーンは(あざとくも)テキサススタイルのバーベキューパーティ(ファンダンス)とオーバーラップさせ、とうに死んでたリドリーを絡ませ、焼け落ちたばかりみたいなパンチョの店(跡)からグレニスが見守り…と、カウフマンは完全に作ってるんですよ、100% 意図(確信犯)的に。
宇宙飛行士と見紛う姿のイェーガーがロケットと見紛う形状の F-104 で宇宙を垣間見た果てに墜ちていく―何とカッチョいいパロディであることか。
だからこその 「ライトスタッフは名作です」 なのである。