独り掲示板

ライトスタッフは名作です-2

独り言レス

【誰にともなしに、独り言レス―その3157】

 

馬を抜きにしてサム・シェパードを語ることはできないが(その2934 参照)、「ライトスタッフ」で何となく(ちょっとだけ)違和感があったシーン、イェーガーが馬を駆ってパンチョの店に向かうでしょ、急ぎの用でもあるみたいに。(早く一杯やりたくてにしても)

 

そのくせ、着いて馬から降りて店に入るとこはタラタラと慌てたふうもない―

 

EXT DESERT NEAR PANCHO’S

 

CUT TO: Galloping across wasteland -- in the distance a lonely cantina, a cluster of small buildings absolutely in the middle of nowhere. Distant music.

 

とだけスクリプトにはある。

 

あ、そういうことだったのかと納得させられる記事(Cinephilia & Beyond Philip Kaufman’s ‘The Right Stuff’)によれば、最初 サム・シェパードは―

 

“I’d never gallop my horse there. You know anything about horses, you know you don’t ever gallop your horse home.”

 

帰るのに馬を飛ばしたりしない(jackrabbit じゃないんだから?)と、 gallop を(アホかとばかり)拒否したらしい。

 

自分の(コモン)センスとずれてるし、馬に無用の負担をかけたくない―ってとこか。

 

サム・シェパードの馬への思いは例えば 戯曲 True West(1980)の端的なセリフ―

 

The man dies for the love of a horse.

 

などに明快ですね。

 

カウフマンは険悪な押し問答の挙句に―

 

帰ってんじゃねぇし。パンチョの店に飲みに行ってんだし。家はどっか別んとこだし。(“But that ain’t home. That’s Pancho’s. That’s where you drink. Home’s someplace else.”)

 

と(子供じみた理屈で)反論し、ようやくサム・シェパードに(渋々)了承させた(“Well, let’s shoot the damn thing.”)とか。

 

要するに、あの(gallop & タラタラした)シーンの妙な違和感はサム・シェパードの不承不承さが滲んでた(わざと滲ませてた)んでしょう、きっと。

 

この裏話を(よ~く)踏まえて、関連レス―

 

その 542 ~543 (2005/ 1/ 8~9)

 

イェーガーがパンチョの店の前に馬をつなぎ、入り口に(たらたら)向かう途中で左側のサボテン(ジョシュア)の枝が肘にあたります。 (肘でひっかける)

 

このシーンは別に何気ない感じで(カットし忘れたんじゃないかと思われるほど)要らないとこだとも言えるんですが、だからこそ逆に何らかの意味をもたせてると推定してよろしかろう。 (そう考えないと、あの一見たらたらしたシーンの説明がつかないような)

 

それがサボテン(即ち、イェーガーの落馬)の前フリだというわけですけど、それにしても、これを他のわざとらしい 2 例(おもちゃのカプセルとライフ誌)と同列に並べるには、このシーンは(妙に)さりげないんですよ、ほんとにカットしていいくらいに。

 

それと、この例が明らかに異質なのは(他の 2 例が前フリどおりに、ガス・グリソムは本当にカプセルを沈め、ホットドッグらは本当にライフ誌に載るのに対し)イェーガーは確かに落馬はするものの、本当は決してサボテンにあたったんじゃない―つまり、サボテンにあたって落馬するのは「ライトスタッフ」の作り話であって、その作り話の前フリ(←と言えるとして)にすぎないという点。

 

更に細かいことを言えば、イェーガーは首の辺りにサボテンをひっかけて落馬したのに(←作り話)、なぜ前フリ(←と言えるとして)では肘をひっかけてるのか?

 

イェーガーは落馬して右の肋を折り、そのため X-1 の右側にあるハッチをロックするのに右腕が使えなかった―なのに、なぜサボテンは右ではなく左の肘にあたってるのか?

 

この程度のことを前フリと声高に言うには(他の 2 例に比べると)いかにも弱い―と、わたしには思える。

 

確かに、後のイェーガーがグレニスと追っかけっこをしてサボテンにあたって落馬するシーンの仄めかしという意味をもたせてあるにしても、ごく短いシーン(馬をつないで入り口に向かう間)とは言え、徒に尺を伸ばしてるだけで、やはり要らないとこなんじゃないでしょうかね… (←むろん、わたしは 193 分が長いとは微塵も感じちゃいないが)